温泉治療について


脳血管障害の温泉治療の有用性
− 文献的な考察 −
栃木県医師会温泉研究所附属塩原病院
院長 森山俊男

 近年の脳血管障害の温泉治療効果は、脳波のα波の解析や、シングルフォトンエミッションCT(SPECT)による局所脳循環のイメージングによる解析等の、脳機能の解析、脳循環の解析により、科学的な手法で解明されつつある。近年、活発に発表がなされている日本温泉気候物理医学会雑誌(第60巻1996年から第65巻2001年迄)に掲載された論文をみると、脳血管障害の温泉治療の研究の方向性として2つの大きなテーマが示されている事がわかる。

1. 局所脳循環改善に対する温泉治療の効果の解析
2. 情緒安定化作用についての温泉治療による効果の解析

 将来的には、脳機能検査、脳の機能的イメージング等の技術革新により、さらに精緻な脳機能の解析が可能となる事が期待される。近年話題となっている、脳卒中による機能障害について、脳の可塑性による失われた機能の代償を促す効果や、脳卒中後のうつ状態に対する治療などへの温泉治療の応用が期待される。急性期に於ける脳血管障害の治療効果の指標は既に定着しているが、慢性期の脳血管障害についての治療効果の指標や、それに基ずく最適化のプロセスは現状では未発達な分野と思われる。しかしながら、脳血管障害の慢性期における温泉治療の有用性は文献的にみても疑いのない事実であり、その科学的な解明、最適な治療の方法論の追及の為に、最新の医療技術の導入が強力な武器となると期待される。
 慢性期脳血管障害での温泉治療について、近年の文献を基に、新しい方法論の開発と最適化が進む可能性を確認した。


文献要約
 日本温泉気候物理医学会雑誌第60巻1996年から第64巻2001年迄に掲載された温泉治療と脳血管障害について関連する原著およびシンポジウムについての要約を示す。


局所脳循環の改善  
キ ーワード 〔 局所脳循環 脳代謝改善 SPECT 機能的MRI 〕

脳血管障害患者に対する温泉入浴の積極的利用
日本温泉気候物理医学会雑誌65巻1号2001年11月p22
出口 晃:小山田記念温泉病院
 脳血管障害患者に温泉入浴の効果を見るため、慢性期脳卒中患者で週2回介助浴と週5回介助浴との相違を脳血流とQOLの面から検討した。
 2カ月間、週2回浴と週5回浴をFIM 、脳血流をSPECTで最終入浴後最低20時間後に測定、QOL評価としてWHO/QOL基本調査票の100の質問から日本人の入院患者に適していると思われる項目を40選択肢評価した。ADLとQOL は1月、2月、4月、6月の4回、脳血流は2月、4月、6月の3回評価した。
 週2回浴と週5回浴とで、ADLには変化はなかった。脳血流では5回浴例について、半数の症例で脳血流の増加または増加傾向が認められ、発症後39から42月の慢性期患者でも脳血流の増加した症例があり、減少した症例はなかった。QOLでは改善した指標と悪化した指標があり、介助浴の弊害と考えられ今後入浴の仕方についての検討が求められた。

脳血管障害急性期における人工炭酸泉浴の脳血流量に及ぼす影響
日本温泉気候物理医学会雑誌63巻4号2000年8月p193
卯津羅 中村 忍 その他:聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院
 脳血管障害急性期は脳循環の自動調節能が障害されており、脳血流が血圧依存となり、座位や立位負荷で血圧の起立性調整障害による低血圧状態になると、脳血流量の低下、脳虚血状態なりやすく急性リハビリテーション訓練の困難さの大きな原因となっている。既に健常者で人工炭酸泉浴による脳血流量の増加が報告されている1)ので、脳卒中急性期での変化を調査した。健常側の大脳皮質での血流の増加が認められた。炭酸泉浴を従来のリハビリテーションに加えることは、脳血流増加を期待し得る有効な手段の一つと考えられた。今後、さらなる研究が期待される。
1)健康成人において温水浴が脳血流に及ぼす影響 日本温泉気候物理医学会雑誌60巻p96

脳血管障害の温泉療法 第28回、シンポジウム
日本温泉気候物理医学会雑誌63巻1号1999年11月p22
中 村 昭:七沢リハビリテーション病院 脳血管センター
 温泉浴を含めたリハビリテーション治療効果をADL、筋力、関節可動域の評価により比較検討した。温泉浴の効果が上がるのは約1カ月間と考え、1カ月間の変化を見たところ、上記の評価所見に明らかな改善があった。温泉浴の効果は関節周囲の拘縮や疼痛など二次的な障害を寛解することにあると思われる。その結果、関節可動域、筋力及びADLが改善したものと考える。七沢リハビリテーション病院では、アルカリ単純泉で湧出量も充分でなく温度も低く充分な温泉治療が出来る環境では無いが、健常者を対象にRIangioとSPECTを使って脳血流量を計測したところ脳灌流指数が入浴前に10.4/sec だったのが、入浴後11.9/secとなった事を確かめた。温泉の質は問題では無く、少なくても1カ月程度の療養をし、40℃以下の微温浴で1回20分、1日1〜2回入浴することにより、脳循環を増加させて脳血管障害後遺症の回復を促進し、かつ四肢末梢の疼痛や拘縮を寛解させて、リハビリテーション効果をあげることに寄与する。

健康成人において温水浴が脳血流量に及ぼす影響
99mTc ECD使用のPatlak plot法による定量的検討

日本温泉気候物理医学会雑誌60巻2号1997年2月p96
渡辺 弘美:七沢リハビリテーション病院 脳血管センター
 入浴と脳血流の関係については炭酸泉浴についての研究、連浴による脳血流の変化の研究などがあるが、1回入浴後の脳血流を測定した例は無い。複合因子である入浴を健康増進やリハビリテーションに利用するにあたり、入浴が脳血流量に及ぼす影響を検討しておく事が必要と考えられた。入浴後10分以内に測定を開始した。脳全体での血流量は優位に増加し、局所脳血流量では前頭葉皮質で優位の増加を、その他大脳皮質で増加傾向が認めた。
 脳血管障害患者では病変部血管の炭酸ガス分圧に対する反応や血圧に対する自動調節能が正常部と違うとされている。脳血管障害患者に脳血流増加の為に温水浴を利用するには更に検討が必要と予想された。前田ら2)の研究によると連浴により持続的に脳循環の改善が生じる脳血管障害患者が存在するとしている。
2)前田 脳血管障害における人工炭酸泉連浴による脳循環の変化 日本温泉気候物理医学会雑誌第50巻1996年

情緒安定化作用  
キ ーワード 〔 メンタルケア 痴呆症 情緒障害 脳卒中後うつ病(PSD)  3次元脳波 α波解析 〕

老年痴呆に対する夜間温泉入浴
日本温泉気候物理医学会雑誌64巻2号2001年2月p71
出口 晃、その他:小山田記念病院 名古屋大学医学部保健学科
 老年痴呆患者を対象に夜間温泉入浴を実施して、睡眠状態が60−90%改善し、興奮、徘徊、攻撃性などの痴呆症状も75−100%で改善した。また、昼間の活動性が上昇した。

「温泉とリハビリテーション−現状と将来方向−」
日本温泉気候物理医学会雑誌61巻1号1997年11月p11
田中 信行:鹿児島大学リハビリテーション科
 鹿教湯病院の藤田先生は、脳卒中の温泉浴効果で、浮力による連合反応や痙性抑制をEMGで、精神的やすらぎをEEG上のα波の増大で示し、やや高温の気泡浴が痛む、シビレの有用と報告された。
 北大 阿岸らの報告によると、EEG連続記録で、一般淡水浴入浴直後にα波の減少があり、その後次第に増加し、入浴後は入浴前よりα波の増加が継続する。浴槽が大きいほどその効果は著しい。

脳卒中のリハビリテーション
日本温泉気候物理医学会雑誌61巻1号1997年11月p12
藤田 勉:リハビリテーションセンター鹿教湯病院
 脳卒中リハビリテーションの予後は随伴する高次脳機能のなかで随意的因子(モチベーション)が最も重要であり、リハビリテーション早期よりのアプローチが必要である。
 この観点から、温泉入浴前後のα波測定により次の結論を得た。温泉入浴により脳α波が変動し、出現時間の増大傾向がみられ、特にシビレや痛みを有する例に著明であった。
 α波は脳波学上安らぎ状態とされているので、温泉浴により何らかの神経内分泌的変化を及ぼしたと考えられるが脳内エンドルフィンとの関連は不明である。
 単純泉の効用メカニズムは不明な面が多いが良い水や適当な水温は肌を心地よく包み安らぎをもたらす事を示している。
 リハビリテーション医療は患者の心の痛みを知り、安らぎを大切にするものでなければならない。痴呆性高齢者の夜間譫妄や脳循環の改善効果、さらに1日中うとうと過ごしてしまい夜間良眠が得られない高齢者の日内変動リズムの改善などに適応の拡大が期待される。