栃木県医師会温泉研究所附属「塩原病院」

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歯の話2

宝住与一(前理事長・前日本医師会副会長)

 栃木県歯科医師会の皆様、新年おめでとうございます。
 会長になって8年目ですので、今年で八回目の新年の挨拶を書くことになるかと思います。
 先日、東京歯科大学名誉教授の長谷川正康先生の書いた一文の中に、"歯磨き粉の宣伝コピーを書いた馬琴は、 50歳代で総入歯"の見出しで滝沢馬琴の日記で、その中に自分が入歯を入れた時の話が出ていた。神楽坂の吉田源八郎という入歯師のところで入歯を入れていくらとられて、まだ出来ていないとか、1年にわたって面々と書き綴っている。馬琴は50歳代にはすでに総入歯になっていたようだが当時としては早いほうではない。
 馬琴は、医学の修行をした人で、宗仙という医号をもち、歯磨き粉の新製品を作って売り出し、引札(宣伝コピー)を書いたりしている。
 本居宣長は「古事記伝」を書き上げる4・5年前に、松阪の自宅で、津の入歯師に作ってもらっている。それが大変具合がよい。良くかめると長男に書いた手紙が有る。日本の入歯のルーツは、仏師が暇な時に手慰みに、柘植の木で入歯を作っていたのがはじめらしい。次に見た文献が、杉田玄白の「耄耋独語」という回顧録の原本であった。それにも入歯の話が出てきて、こんなものを入れて発音が悪くなったなどとある。玄白はその時60歳代であるとあった。
 前にも書いたかも知れませんが、江戸時代に外国人が来た時に、日本の入歯を見て驚嘆したとか、先日NHKで、マダガスカル島に日本人が行って作った入歯が残っていた話が放映されていて興味深かった。ただ、その技術は途絶えて継承されていない。
 私は、これを読んで、「江戸時代は現在より虫歯が多かったのかな。どう考えても少なかったに違いない。その時代に歯磨き粉の宣伝をして儲かったのかな。」と思いました。
 今、健康法についていろいろ論議が盛んであります。歯の健康法についても、もちろんです。
 私は子供の頃から虫歯が多く歯が弱く、歯科医院には良く行きました。そのお陰で歯の保守管理もうまくなり、高校に入るころからほとんど行く必要がない位になりました。先日、名取君のところで歯石を取ってもらったとき、よい歯をしていると誉められた。以前私は、「私の健康法」について書きましたが、読んだ人に「先生、結局何もやっていないことじゃないですか。」と言われた。私も歯科医師会の新年号の挨拶で、こんなことを書くのは一寸気が引けますが、私の歯の健康法は、いつも歯が弱いと思い続けることであります。盆栽と同じで、手間をかけすぎるのはよくない。手入れをすべてしないのも良くない。歯の手入れは程ほどにすればよいと思っております。
 今、私の友人を見ると歯の手入れをきちんとした人より何もしない人のほうが、丈夫だと思えるのは私だけでしょうか。ときどき必要と思った時、歯を磨くし、口腔を清潔に保つために、うがい励行が私の歯の健康法であります。
 現在の私の状態からすると、生きていれば8020は楽々クリアしそうです。
 歯科医師会の皆さん、今年もよろしくお願いいたしまして、私の本年の挨拶とさせていただきます。

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